京都の大水害

 「京の五条の橋の上 大のおとこの弁慶は・・・」
 これは明治44年5月 「尋常小学唱歌1」に載った伝説的歴史話を題材にしたもので、なつかしい歌の一つです。皆さんもよく御存知のことと思います。 ところがこの五条大橋が水害で流失したことは、案外、知られていません。
 今から78年前の昭和10年6月29日、京都市内は大水害に襲われました。 当時の大阪朝日新聞夕刊の記事を紹介します。
 
 坪当たり四石三斗六升といふ京都測候所はじまって以来の大豪雨が28日夕刻から京都市を襲ひ加茂川に架けた二十一橋のうち、一夜のうちの三条・五条の両大橋をはじめ十六橋が押し流され、鉄筋コンクリートの橋も七橋まで一気に流してしまひ、一万二千三百戸に浸水し、山の手の都市として市民が想像もつかなかったやうな恐怖状態を出現した。
 29日午後2時半ごろにいたって市街を奔流する濁水だけは退いたが、メイン・ストリートにボートが残っており、泥土が幾尺も積もっていたり、一時、通行を許していた四条大橋がふたたび危険になって通行を禁止し、軍隊を増派するなど安心を許さぬ状態である。

 蛇足ながら、母校で「京の川ものがたり」という講演会があり、平安時代から鴨川の治水対策に力を入れていた話に続いて、近年では、昭和10年の「鴨川大洪水」の話がありました。 講演会終了後、私は先生のもとに行き、「母が産院のベッドに横たわっているとき、ラジオのお昼のニュースで五条大橋が流失したことを話していたという。 その夕方、私が生まれた。」 これを話しました。 私よりも一回り程若い先生でしたが、大変感激されて、資料を頂戴しました。

 以上、昔にも6月末に大水害があったことと、私が雨男と呼ばれる所以を記してみました。

 澤田 清

 

昭和10年6月29日京都五条大橋

昭和10年6月29日京都五条大橋

 

昭和10年6月29日京都大水害

昭和10年6月29日京都大水害

 

昭和10年6月29日大水害

昭和10年6月29日大水害

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On 6月 30th, 2013, posted in: 樹木医アラカルト by KO

「堺市立小学校のシンボルツリー樹勢診断研修」

少し異常ともいえる平成25年6月の厳しい暑さの中、五箇荘小学校(ユーカリ)・大仙西小学校(プラタナス)での樹勢診断研修が開催されました。

■対象樹木
①堺市立五箇荘小学校のユーカリ
 記録によると明治44年に植栽された樹齢100年を超す樹木で、現在はグラウンドの横に堂々と育っています。幹周は2.6メートルですが、地上部にこぶ状になった腐朽が見られ、根元周りの養生がされていない状況。

 

堺市立五箇荘小学校のユーカリ

堺市立五箇荘小学校のユーカリ

 

②大仙西小学校のプラタナス
  グラウンドの中央に位置していたシンボルツリーで、幹周は2.0メートル。校舎の建て替え事業に伴い、グラウンドの端になり、周囲は6.5メートルの植樹桝以外インターロッキングブロックで舗装されています。本工事着工の前から衰退していた枝が枯れ下っている。

 

大仙西小学校のプラタナス

大仙西小学校のプラタナス

 

双方の小学校のブログなどにも度々、掲載されており多くの児童たちを見守ってきた樹木の衰退は近隣の住民、卒業された方々にとっても大変、気がかりだと思われます。
額に汗をにじませながら調査に取り組んでおられた諸先輩方の教えを乞いながら透水試験の穴掘りや貫入試験と自分自身、暑さで少しバテ気味・・・。
また、それぞれの見解や捉え方の違いなどもあり興味深く話を聞いていました。

 

隆起したコブが痛々しい

隆起したコブが痛々しい

 

今後の動向が注目される中で少しでも樹勢回復処置に携わっていけたらと思います。

久志本

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NHK文化センター梅田教室「樹木医とめぐる巨樹・巨木」平成25年6月

NPOおおさか緑と樹木の診断協会では、NHK文化センター梅田教室から受託し、「樹木医とめぐる巨樹・巨木」という現地講座を毎月開催しています。

平成25年6月の講座は、阪南市在住の高木正彦樹木医の案内で紀州路を行くコースです。一行は総勢19名でした。

 

和泉鳥取駅前ロータリーを出発

和泉鳥取駅前ロータリーを出発

 

JR阪和線・和泉鳥取駅に集合ですが、私はのっけから一つ手前の和泉砂川駅に下車してしまいました。気を取り直して和泉鳥取駅へ。何とか集合時間には間に合い、いざ出発!

 

土生邸前

土生邸前

 

カヤノキの周囲はヒンヤリ

カヤノキの周囲はヒンヤリ

 

カヤノキの根元の風格

カヤノキの根元の風格

 

カヤノキの樹冠

カヤノキの樹冠

 

阪南市の町並みをぬけ、最初の目的地土生邸のカヤノキを訪ねます。
自宅の増築時に根が切断され、弱っていましたが、高木樹木医らの治療の甲斐あって、今は青々と茂り、私たちを真夏の暑さから開放してくれました。大樹の陰はいやされます。

 

根来邸のモミノキ

根来邸のモミノキ

 

根元の状況

根元の状況

 

根来邸のイチョウ

根来邸のイチョウ

 

根来邸のモミは周辺が舗装されてしまい、照り返しによってかなり衰弱していました。
2本のイチョウは美しく剪定されており、樹齢は100年程度と思われます。
立派なお屋敷内のお庭も拝見できれば良かったのですが。

 

自然居士のイチョウ

自然居士のイチョウ

 

由緒書

由緒書

 

イチョウの根元

イチョウの根元

 

イチョウの樹冠

イチョウの樹冠

 

自然居士のイチョウです。地面には大量の銀杏が落ちていました。
周辺にはこれといった緑はありませんでしたが、風が通り抜けてとても涼しいところでした。

 

土塀の上には天女

土塀の上には天女

 

何て花だろう

何て花だろう

 

そろそろお腹も空いてきた。町並みの点景を楽しみながらお弁当地点を目指します。

 

波太神社のヒノキ

波太神社のヒノキ

 

クスノキの癌腫

クスノキの癌腫

 

イスノキの虫えい

イスノキの虫えい

 

波太神社には神社林にはよく見られるヒノキがそびえていました。
樹皮は檜皮葺きに使用され、材も神社の普請に使用できます。しばらく雨が降らずに乾燥していたためか、社叢林の中はからっとして涼しく、やぶ蚊などもいなくて快適なお弁当タイムとなりました。
ここではクスノキの癌腫やイスノキの虫えいを観察し、樹木の生態について学習しました。

 

地福寺のシダレザクラ

地福寺のシダレザクラ

 

雰囲気も樹形もイイネ

雰囲気も樹形もイイネ

 

和泉鳥取駅まで戻り、山中渓までひと駅、電車では2分ですが歩けば30分かかります。迷うことなく電車でしょ。
地福寺のシダレザクラを訪ねました。シダレザクラは環境が整えば、数十年で雰囲気のある景観がつくられます。
根の屈曲が何故できたか?メカニズムは謎です。

 

アジサイ

アジサイ

 

梅雨の雨も少なく、この暑さで、アジサイはぐったりしていました。

 

わんぱく王国のケヤキ

わんぱく王国のケヤキ

 

わんぱく王国のケヤキはランドマークになっています。根元は花壇になって人が入れなくなっていますが、少々深植えになっているようで、葉っぱも小さめです。元気向上のためにちょっとした改善をして欲しいところです。

4時間の行程での歩行距離は約8km。ペットボトル入りドリンクを4本飲みほし、こんがり日焼けをして帰路につきました。何人かは水分補給のため、山中渓駅前の大衆食堂にて、ビールで乾杯!

「樹木医とめぐる巨樹・巨木」はNPOおおさかに所属する樹木医を初め、近畿の各樹木医によって大切に守られている各地の巨樹・巨木をめぐります。詳細についてはNHK文化センター梅田教室(担当:尾藤)までお問い合わせください。

http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_591623.html

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「 日光白根山の新緑を訪ねて 」

 

 平成25年6月7日、日本樹木医会の栃木大会で宇都宮大学の大久保達弘先生の「福島原発事故による森林生態系に対する放射線の影響」と題する講演が終わったのが夕方の5時、ドシャ降りの雨の中を日光道路で湯元温泉へ、宿に着くと「寒むッ!!」とカミさんがダウンジャケットを取り出す、川口も冬山用の下着に。
 翌朝5時出発、栃木と群馬の県境、金精峠を越え登山口の菅沼へ、駐車場の管理人のオジサンの小屋にはストーブが赤々と、「寒いし、雨も降りそうやから、カッパ着て行こ!」と登り始めたのが5時30分、すぐに私達を出迎えてくれたのは、オオカメノキの白い花弁とツリバナの優雅な花序、しかし空は今にも降り出しそうで「メッチャ降ってきたらUターンやなぁ、、」と弱気なふたり、それでも少し行くと株立ちの綺麗な樹形、「なんの樹やろ?」枝先に付いた花序がウワミズザクラやイヌザクラに似てるけれども違う、(帰って調べると葉脚のハート形からしてシウリザクラだろうと言うことに、)樹林帯を進むこと1時間ほどで残雪の道に、「アイゼン持って来たらよかったなぁ、、、」、霧もかかってきて益々弱気に、「わぁ!雰囲気のあるダケカンバや!未だ眠ったままやん!」、歩くこと3時間で弥陀ヶ池に、霧も晴れ空も明るくなって「行けそうやなぁ!」、避難小屋の前のピンクの集団はミネザクラ、「遅い春やなぁ!!」、そしてここからが最後の急登、一面のシャクナゲを越えたあたりが標高2300mくらいで、酸素が若干薄くなる「無理せんとこ!もうちょいや!!」喘ぎ喘ぎ登ること1時間あまりで岩場のピークへ、、、。感謝感謝、、、。
 けれども、カミさんが楽しみにしていたシラネアオイは一輪も見ることが出来ず、「あの鹿に食べられてんのん違う?」、そのとおりで、栃木の福田樹木医に尋ねてみると鹿の食害が重大な問題になっていて、管理する県などの担当者は頭を抱えているそうです。 ともあれ新緑には少し早かったようですが、とりあえずお疲れ様でした。

川口 守

 

オオカメノキの白い花弁

オオカメノキの白い花弁

 

ツリバナの優雅な花序

ツリバナの優雅な花序

 

シウリザクラ

シウリザクラ

 

ミネザクラ

ミネザクラ

 

シャクナゲ

シャクナゲ

 

鹿の食害

鹿の食害

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On 6月 18th, 2013, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

万葉集のあふち

 

  珠尓奴久 阿布知乎宅尓 宇恵多良婆 夜麻霍公鳥 可礼受許武可聞 

 これは、万葉集の巻17・3910に出てくる「あふち」(標準和名センダン)を詠んだもので、
 大伴書持(ふみもち)が奈良の家から

 「珠(たま)に貫(ぬ)く あふちを家に植えたらば 山ほととぎす 離(か)れず来(こ)むかも」

と兄の大伴家持に贈った歌です。 これに対して大伴家持は久邇の都から

「ほととぎす あふちの枝に 行きていば 花は散らむな 珠を見るまで」(巻17-3913)

と返事の歌を出しています。

 万葉集には「あふち」を詠んだ歌が4首あります。
 この4首のうちに「あふちの花」が散ることを詠んだものが3首あります。
 
 「妹(いも)が見し あふちの花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干(ひ)なくに」(山上憶良 巻5-798)

山上憶良が60歳から70歳くらいの間に筑前国守に赴任していますが、奈良の都で亡くなった妻をしのんで詠んだ歌だといわれています。

 「我妹子に あふちの花は 散り過ぎず 今咲けるごと ありこせぬかも」(よみ人知らず 巻10-1973)

これと大伴家持の巻17-3913が「散ること」を詠んでいます。

万葉の人びとは、「花が散ること」に深い印象を持っていたかも知れませんので、万葉集に出てくる「桜」と「梅」を詠んだ歌のなかに「散る」という文字が書かれている歌を調べてみました。

「桜花が散る」は、全41首中14首で33%
「梅花が散る」は、全112首中40首で35%

「桜」「梅」は、共に3分の1が「散る」を詠んでいました。

澤田 清

 

楝(あふち)は、センダン科センダン属の落葉高木の栴檀(せんだん)の古名です

楝(あふち)は、センダン科センダン属の落葉高木の栴檀(せんだん)の古名です

 

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On 6月 11th, 2013, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

上海の泥と泥棒

 

 昨年(平成24年)、上海に行った時のことです。上海の空港に到着後、入国審査を済ませて両替しようと銀行の窓口に行った際、財布が無いのに気付きました。ちょっと前に財布の存在を確認していたので、入国審査から荷物受け取り場所までの20分程の間に財布がなくなりました。入国審査の行列待ちの間、あっちこっちに電話していたのですが、その際にスラレタと思います。電話で集中力が欠いていたのでしょう。。。。悔しい!
 空港内の忘れ物預かり場所、警察を駆け回り届けを出しましたが、出てきませんでした。クレジットカード類は別にしていたのですが、飛行機のマイレージカードや電車のイコカやピタパなどは一緒にしていました。現金はいつも多少分散して持つようにしているので全額損失には至らず、とりあえずのお金は何とかなりました。
 しかし、悔しい。今まで何度も渡航しているが財布を失くしたのは初めてです。よく海外でスラレタ、泥棒にあった、などの話を聞きます。私の友人はインドの空港で荷物を受け取って出口で同行者を待っている際、横に置いていたコロコロ式の旅行カバンを体格の良いインド人に持ち上げられ、そのまま逃げるかと思いきや、手を出して「返して欲しければ金払え」と恐喝にあったようです。結局数千円程度のお金を払ったようです。
 上海の空港ではビラを配っている人に要注意との話を聞きました。ビラを受け取る瞬間に財布をスラレル被害が多いようです。複数人数での犯行のため気付いて指摘しても財布はすでに他の人に渡って証拠は出てきません。
 正直私はスリに会うのがバカだ! 海外で気を抜く愚か者! と思っていました。私もバカで愚か者でした。皆さん、海外旅行の際には十分気をつけてください。

 さて、泥棒の話のついでと言ってはなんですが、上海近郊の泥についてのお話です。下の写真は飛行機の窓から写した上海近郊の海と陸地の境の所です。良くわからない写真ですが、右下側の緑色っぽく見える部分が陸地です。左上側が海です。長大な大河は多くの泥を運び出します。多くの養分を含んだ泥が作り出す平野は農業が栄え文明が発達しました。しかし、現在の中国においては三面張りの整備された護岸となり、平野に氾濫することはありません。すべての泥が河口に向かいます。その結果海岸部は灰色の泥の海となっています。この乳濁した沿岸部が延々と何百キロも続くそうです。上空から見ると乳濁した海が砂漠のようにも見え、船が砂漠を航海しているように見えました。

 

右側の緑っぽい方が陸地。左上の乳濁した海が延々と続くそうです。

右側の緑っぽい方が陸地。左上の乳濁した海が延々と続くそうです。

 

 中国の大河によって運ばれた土の粒子は非常に細かい粒度を示します。湖岸近くの土壌を調査したことがあるのですが、土性分析によるとHeavy Clay(重埴土)~ Light Clay(軽埴土)の粘土細工や陶器が出来るほどの粘土質を示しました。日本最大の信濃川でさえ延長は367㎞にすぎませんが、上海を河口とする長江は6,380㎞もあります。長い道のりを運ばれた土砂は非常に細かな粘土粒子です。
 細かい粘土粒子は保水性と保肥性に優れ、農地として優れる場合が多いのですが、緑化用土壌としてみると問題の多い土です。農地は頻繁に耕します。それによって適切に土が軟らかくなり通気性が良くなります。しかし、樹木を植栽した場合土壌を耕すことは困難です。そのため、通気不良や排水不良になり根腐れをおこしてしまいます。上海市内で樹勢が衰えている樹木の多くは根腐れが多いように見受けられます。

 

これぞ泥の棒「泥棒」と言うのはウソです。

これぞ泥の棒「泥棒」と言うのはウソです。

 

 「簡易土性判定法(日本農学会法)」で確認した上海近郊の土壌です。土をこねて伸ばすと10cm以上の細いひも状になりました。関西のマサ土は粒子が粗くひも状になりません。関東の火山灰土はひも状に延ばすことができますが、せいぜい5cm程度の長さにしかなりません。

笠松

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On 6月 5th, 2013, posted in: 樹木医アラカルト by KO

韓の国の老巨樹を訪ねて

 

 韓国の天然記念物を訪ねるツアー(研修会)から1年が過ぎた先週、韓国 慶尚北道にある天然記念物などを探訪してきた。季節的にやや遅いがヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)の花を見ることが第1の目的であった。釜山 金海空港に降り立つと半袖でも暑いくらいである。緯度的に京都から金沢あたりに相当し、まだ長袖が必要な時期と思いきや左に非ず、暑いこと・・・、
 金海空港の駐車場内に見覚えのない樹木が植栽されており、早速、同行のM樹木医、K樹木医が検索、見慣れぬ葉(写真1)、樹肌に四苦八苦、この木は「なんじゃ?」となり、拙い韓国語でこの木は「なんじゃ?」と案内役の韓国の樹木医I氏に助けを求める。こんな木も知らんのかとばかり、やや訛りの或る慶尚弁で「イパップナム」と返答。なんと! これがヒトツバタゴ、「なんじゃもんじゃ」、まさかと半ば疑いの目で再度、樹木を見る。辛うじて残る花柄で「らしき」の疑念を抱いたまま、第1目的のヒトツバタゴの天然記念物がある金海市を訪ねる。金海 酒村面のヒトツバタゴ(天然記念物第307号) 樹齢500年、樹高18.3m、胸高周囲4.47m、樹冠幅 東西17.5m、南北15.7mに及ぶ巨樹である。(写真2、3)期待した花は既に散っており葉ばかりさん。ここでも我々が見慣れた葉の様相と若干違い、空港で抱いた疑念は払拭できず。やはり国、気候が異なると樹木まで・・・
 例年、5月の中旬くらいが満開の時期らしい、韓国も地球の温暖化の影響かな、満開の風景に諦めきれず、疑念の払拭がとけないまま、慶州、安東と北へ老巨樹を訪ね、車を走らせる。道すがら街路樹にヒトツバタゴが植栽され、樹冠が白く、まさにご飯(韓国ではご飯の木の名前がある)を盛りつけたような姿の樹木が見えた。花、葉を見ると馴染みのヒトツバタゴ、「なんじゃもんじゃ」である(写真4、5)、実に美しい。もう少し早い時期に訪ねていれば壮観な樹相が楽しめていたのであろうに。因みに安東(金沢くらいかな)では満開の時期であった。
 今回の第2の目的は、安東にビャクシンとハイビャクシンの中間型で低く横に樹冠を広げるゴガンビャクシン(天然記念物第314号)樹齢550年、樹高3.2m、樹冠東西14.7m、南北12.2m (写真6、7)と醴泉の石松霊(天然記念物294号) 樹齢600年、樹高11.0m、胸高周囲3.67m、樹冠幅 東西19.4m、南北26.2m (写真8、9)を訪ねること、いずれも見事な樹形を持つ老巨樹、圧巻され、胸が高まり、思わず抱きつきたくなるほどの容姿である。文才の関係で詳細に報告できないのが心惜しい。また何かの機会で、
 それぞれに歴史・文化があり、人との関わり(因縁)のある樹木である。地域の人々の熱き想いと汗が浸み込み数多くの年輪を刻んだことであろう。
(日韓樹木文化・老巨樹研究協会 浅川)

 

写真1 金海空港駐車場のヒトツバタゴの葉

写真1 金海空港駐車場のヒトツバタゴの葉

 

写真2 金海市酒村面のヒトツバタゴ

写真2 金海市酒村面のヒトツバタゴ

 

写真3 金海市 酒村面のヒトツバタゴ

写真3 金海市 酒村面のヒトツバタゴ

 

写真4 ヒトツバタゴ

写真4 ヒトツバタゴ

 

写真5 ヒトツバタゴの花

写真5 ヒトツバタゴの花

 

写真6 安東 眞城 李氏の古宅とビャクシン

写真6 安東 眞城 李氏の古宅とビャクシン

 

写真7 ビャクシン

写真7 ビャクシン

 

写真8 醴泉の石松霊

写真8 醴泉の石松霊

 

写真9 醴泉の石松霊

写真9 醴泉の石松霊

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On 6月 2nd, 2013, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

中部地方の一本桜(2013)その4

 

 平成25年4月19日(金)は富山県からスタートする。前日まではポカポカ天気の汗ばむ天気であったが、この日は、朝から雪が舞い肌寒い日でした。
 富山県は、あまり桜の巨木は聞かないが、多くの野生種の桜があり、ゆっくり訪ねてみたいところでもあります。
 平地は時期的にはシーズンを過ぎていますが、南砺市にある「向野のエドヒガン」に行ってみました。既に花はほとんど終わりでしたが均整のとれた樹形は品があり是非、満開の時にもう一度見てみたい樹でした。

 

向野のエドヒガン

向野のエドヒガン

 

 この樹は写真のとおり崖っぷちに立っており、おまけに樹の下を川が流れており、このままだと、だんだん崖が侵食され倒木の危険性が大である。何とか成らないものかと思いました。

 

向野のエドヒガンの根元

向野のエドヒガンの根元

 

 富山県から南に下り、次は、岐阜県にある「藤路の桜」です。この桜は幹周り3.6m、樹高18m、樹齢600年のエドヒガンで、伝承によれば、昔、宮本武蔵がこの地の民家に宿泊した際に植えたものらしく、別名「武蔵桜」とも呼ばれているそうです。
しかし樹形は太枝が伐られ、いびつな形になっていました。

 

藤路のサクラ

藤路のサクラ

 

 次も岐阜県にある桜です。「善勝寺の桜」といい、エドヒガンの巨木で、幹周り4.3m、樹高19m、樹齢400年で岐阜県」の天然記念物に指定されています。旧街道沿いに位置し、昔から道行く人が樹形の美しさに振り返るので「見返り桜」として有名でした。

 

善勝寺の桜

善勝寺の桜

 

 太い幹には、背中に大きい不定根みたいな幹がへばりついていました。
 なかなか立派な根性のある桜でした。

 

善勝寺の桜の幹

善勝寺の桜の幹

 

 最後に高山市一ノ宮町にある「臥龍桜」です。「臥龍桜」の周辺は公園になっていて、見ごろの桜を見るため多くの人が訪れていました。

 

臥龍桜公園

臥龍桜公園

 

 「臥龍桜」は、枝張り30m、樹高20m、樹齢1100年のエドヒガンの巨木で、昭和48年に国の天然記念物に指定されています。ちょうど満開の桜は、凛として、そのたたずまいは、じっと見ていてもなかなか飽きません。

 

臥龍桜

臥龍桜

 

 「臥龍桜」の花のアップです。風にゆらめくその姿は、風情があり、俳句でも詠みたい気持ちにさせてくれます。私はそういう才能はないので、ただボーと眺めるだけでした。

 

臥龍桜の花

臥龍桜の花

 

真田 俊秀

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On 5月 30th, 2013, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

「樹木医とめぐる巨樹・巨木」

 

NPOおおさか緑と樹木の診断協会では、NHK文化センター梅田教室から受託し、「樹木医とめぐる巨樹・巨木」という現地講座を毎月開催しています。

平成25年5月の講座は、大東市・四条畷市の樹木と歴史文化を訪ねるコースです。一行は総勢19名でした。

JR学研都市線・野崎駅に集合し、飯盛山山頂を目指します。野崎参りでおなじみの野崎観音をお参りし、途中眺望を楽しみながら大東市立青少年活動センターを経由して、飯盛山の山頂到着です。

 

左側を歩いて野崎観音へ

左側を歩いて野崎観音へ

 

野崎観音の山の上からの眺望

野崎観音の山の上からの眺望

 

アベマキの林

アベマキの林

 

モチツツジ

モチツツジ

 

山頂目指して黙々と

山頂目指して黙々と

 

曲がりくねりながら育つヤマザクラ

曲がりくねりながら育つヤマザクラ

 

リョウブ根元が瘤状に

リョウブ根元が瘤状に

 

瘤が顔に見えてくるそうです

瘤が顔に見えてくるそうです

 

山頂から中央部は深北緑地です

山頂から中央部は深北緑地です

 

飯盛山は生駒山地の北部に位置する山で、標高は314m。幾度となく古戦場の舞台となっており、様々な歴史に彩られています。山頂からの眺望は素晴らしく、今は使えない展望台の下で、お弁当タイムです。

 

一休みしてお弁当

一休みしてお弁当

 

山頂付近のヤブニッケイ

山頂付近のヤブニッケイ

 

登り坂もそれなりでしたが、急な下り階段を一気に下山します。途中、アベマキの印象的な幹肌を観察し、降りたところが四条畷神社です。

 

一気に下ります。逆ルートでなくて良かった

一気に下ります。逆ルートでなくて良かった

 

明るい方へ、クスノキは伸びる

明るい方へ、クスノキは伸びる

 

心願成就なるか

心願成就なるか

 

合体したであろうモッコク

合体したであろうモッコク

 

石にへばりつくのはカイノキ

石にへばりつくのはカイノキ

 

参道を抜け、楠木正行公御墓所で我々を迎えてくれたのがこのクスノキでした。
2本のクスノキが成長して合体したものらしいです。主幹がないのは雷の直撃かと思っていましたが、説明を読んでガッテンです。

 

コースの最後はこのクスノキ

コースの最後はこのクスノキ

 

クスノキの由来です

クスノキの由来です

 

低い山とは言え、下り坂では膝が笑ってしまいましたが、タイ焼き食べて元気回復です。
学研都市線が事故で止まっていましたが、おかげで、焼きたてのタイ焼きを賞味出来ました。

 

ごちそうさまでした

ごちそうさまでした

 

「樹木医とめぐる巨樹・巨木」はNPOおおさかに所属する樹木医を初め、近畿の各樹木医によって大切に守られている各地の巨樹・巨木をめぐります。詳細についてはNHK文化センター梅田教室(担当:尾藤)までお問い合わせください。

http://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_591623.html

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On 5月 26th, 2013, posted in: NPOおおさかの活動 by KO

中部地方の一本桜(2013)その3

 

 平成25年4月18日(木)朝からいい天気である。今日は長野市郊外の桜を見ることにする。まずは飯綱市にある「袖之山のシダレザクラ」を訪ねる。ここは標高約700mくらいあり、平地に比べ春の訪れが遅く、サクラもまだつぼみだった。遠くには雪をかぶった飯綱山(1917m)が望める風光明媚なところである。

 

袖之山のシダレザクラ

袖之山のシダレザクラ

 

 「袖之山のシダレザクラ」は、幹周り5.1m、樹齢300年以上の古木で、長野県の天然記念物に指定されている。幹はゴツゴツとして岩みたいな樹肌をしていたが、根もたくましく途中で地上に出てがっしりと樹体を支えていた。

 

シダレザクラの根

シダレザクラの根

 

 「袖之山のシダレザクラ」から1kmほど南西に行くと「地蔵久保のオオヤマザクラ」がある。オオヤマザクラは、四国の石鎚山系と本州の中部地方以北に分布していて、大阪では自生の木はないので、普段はあまりお目にかかれない木である。
どんな木かワクワクしながら行ったが、残念ながらまだ見頃ではなかった。

 

地蔵久保のオオヤマザクラ

地蔵久保のオオヤマザクラ

 

 「地蔵久保のオオヤマザクラ」は、幹周り5.1m、樹高15.5mで大きく枝を広げた姿は均整がとれていて、きれいな樹形である。この木も長野県の天然記念物に指定されているが、近年、病気にかかり樹木医の治療を受けていると地元の人が教えてくれた。
 よく見ると枝の先の方は、少し咲きかけていたので、望遠レンズで撮影してみた。ピンク色のかわいい花であった。満開の時の様子を是非見てみたい木である。

 

オオヤマザクラの花

オオヤマザクラの花

 

 次は長野市の中心から約6km西の位置にある「塩生(しょうぶ)のエドヒガン」を訪ねる。車で目的地に向かっていると途中で工事のため通行止めとなっていた。しかたなく山の中を1kmほど登る。初夏を思わせる天気で汗だくとなり、やっと峠にたどり着く。ここは戸隠方面に通ずる古道になっていて、この桜は「巡礼桜」とも呼ばれ、昔から旅人の心を癒したものと思われる。以前は、幹周り8~9mもある大木であったが、枯死し、今あるのは、新しく芽生えた2代目らしい。

 

巡礼桜

巡礼桜

 

 それでも現在の桜は、樹高18.2m、幹周り7.3m、樹齢700年の古木だが、根元のすぐ近くを舗装された道路がとおり、根も大分傷んでいるものと思われる。幹も腐朽が目立ち、昔から由緒ある桜が、このままでは、衰退するばかりであろう。なんとか手立てを講じて欲しいとせつに思った。

 

巡礼桜の幹

巡礼桜の幹

 

 最後に長野市の善光寺から北西に約4kmほど、険しい山の中を行ったところにある、素桜神社に行く。ここにある「神代桜」はその昔、素戔鳴尊(すさのおのみこと)が桜の杖を池辺に挿したものが根付いて成長したものと伝えられ、昭和10年に国の天然記念物に指定されている。

 

神代桜

神代桜

 

 幹周りは11.3mもあり根元から四方八方に幹が分かれ、空一杯に枝を伸ばしている。

 

神代桜.の根株と幹JPG

神代桜.の根株と幹JPG

 

 花は枝先にこぼれんばかりにつけていたが上にいくほど少なくなっていた。

 

神代桜の花

神代桜の花

 

 地元の人の話では、昔に比べ樹勢が弱っているということで、樹木医による樹勢回復処理が現在も続いているそうである。
 それにしても、非常に立派な貫禄のある桜でした。
                       真田 俊秀

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On 5月 16th, 2013, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO