I樹木医との台湾紀行(その1:街路樹の診断)

 平成27年3月1日より大阪のI樹木医と一緒に台湾入りです。これから4月中旬まで延べ5週間に渡り、4名の樹木医さんによって台北で剪定実技講習会を開催します。台北市や大安森林公園基金会と言うところから依頼を受け、街路樹診断協会を通じて講師となる樹木医を募集したところ、I樹木医以外には、長野、福岡、長崎県の樹木医が講師と決まりました。I樹木医は先頭バッターで2週間滞在して頂きます。私はI樹木医の渡航にあわせて台湾出張ですが滞在は1週間だけです。I樹木医には引き続きもう1週間滞在いただくことになります。

 ところが渡航直前にいきなり予定変更の連絡が入りました。第1週目は街路樹を用いて剪定実習をする予定だったのですが、道路使用許可が下りていないことがわかり急遽予定変更です。ちょっと日本では考えられない段取りですが海外ではよくこんなことが起こります。私は幾度とそのような経験を積んできましたが、台湾渡航二度目のI樹木医にとっては不安だらけのスタートです。
 台湾の関係者と協議したところ、1週目は高所作業者を用いない街路樹の診断を実施することになりました。幸いに診断道具は私の台湾の事務所に置いてあります。

 

コウエンボクを丁寧に診断するI樹木医

コウエンボクを丁寧に診断するI樹木医

 

 診断する街路樹は、コウエンボクPeltophorum pterocarpum とフウ(タイワンフウ)Liquidambar formosanaの15m前後の並木です。コウエンボクは黄色い花を咲かせるマメ科の植物で、日本では黄炎木と記しますが台湾では盾柱木と記します。フウは楓香と記されています。
 フウは比較的健全ですが、マメ科のコウエンボクはけっこう傷んでいます。空洞化、樹皮欠損、キノコがいたるところに見受けられます。しかし、温暖な気候で生長の早いマメ科だからでしょうか、樹皮が浮いたり腐っているところには不定根が良く発達しています。少々の傷みなら自助回復いていく樹木が多いのかもしれません。

 

樹皮の裏側に発達する不定根。真ん中にへばり付いているのは台湾のトカゲ。

樹皮の裏側に発達する不定根。真ん中にへばり付いているのは台湾のトカゲ。

 

 キノコはコフキサルノコシカケが多く見受けられました。台湾大学で菌類の研究をしていた人が実習に参加されており、台湾では南方霊芝と書くと教えてもらいました。霊芝(レイシ)と書くなら、ひょっとして漢方薬や薬膳酒に用いるマンネンタケ?と思いましたが間違いなくコフキサルノコシカケでした。

 

コウエンボクの根元につく南方霊芝(コフキタケ)

コウエンボクの根元につく南方霊芝(コフキタケ)

 

 I樹木医は通訳を伴いながら160本の簡易診断を実施し、うち1/3程に対して外観診断を実施されました。外観診断で明らかに緊急対処を要する二本のコウエンボクに対しては、支柱を取り付けるなどの処置を施しました。支柱の取り付け方、結束の仕方も講習会となってしまいました。I樹木医は親切です。丁寧に解説しながら現地の人(実は台北市の公園管理課に配属されている現業職員でした。)に教えますが、どうもI樹木医と同じようには結束できません。手先が器用な日本人は縛るのがうまいと言うのは本当の話ですね。

笠松滋久

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On 3月 14th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

冬の京都 石庭を巡る

 昨年(平成26年)の冬に韓国からの客人を案内して和歌山の高野山に詣でた。古刹の石庭を眺めながら精進料理を食した。大食漢の韓国人には味が薄く量の少ない食事と空虚で石のみを配した庭が印象に残ったようであった。次の機会には京都の石庭を巡ろうと真冬の高野山を離れた。
 この冬、約束を果たすべく京都の著名な石庭を巡る計画を立てたが、残念ながら火急な用事で来訪が叶わず案内することが出来なくなった。折角予約したホテルなどをキャンセルするのも勿体ないとピンチヒッターの妻を伴い、冬の京都「石庭巡り小旅行」に出かけた。
 京都大学の近くにある重森三鈴石庭美術館は事前予約が必要で、当日は私たち含めて3組10人足らずの見学者、重森三鈴氏か自ら著した書と画で装われた客間を案内され、客間の前に広がる石組みの庭の説明を受けた。石組みの知識を持ち合わせていない拙者にも深閑静寂な空気が漂う空間に身をおくことに悦を覚えた。
 語り口の静かな亭主(美術館館長)の案内を聞き、石庭、茶室、書、画を見学し現代美術家 重森三鈴氏の作品の神髄に触れた。
 美術館を辞した後、京大前からタクシーで龍安寺に向かう。北野天満宮を過ぎたあたりから雪が舞い始め冬の京都の風情がより一層濃くなってきた。観光客の少ない龍安寺、15個の石を配した石庭は雪を頂きながら何かを語っているようで先の石庭にない趣であった。
 龍安寺から南に下ると等持院がある。閉門間じかに門を潜る。龍安寺の石庭と趣が違う石庭と石組みの庭を見学し、京(今日)の石庭巡りの幕を閉じる。
 朝が空けると京の町は白く雪化粧、鴨川を東に渡り祇園花見小路の家並を過ぎると石庭巡りの最終地点 建仁寺がある。早朝であったので日曜日にも拘らず参詣者、見学者の足数も少ない。昨日から4つ目の石庭、やや過食、消化不良気味、それでも方丈前の石庭、中庭の石組みを満喫する。冬の古都の石庭は樹木の彩も絶え寂しいが、予期もせぬ雪の演出で一味も二味も違う雰囲気を楽しめた。次は花爛漫する春の石庭を訪ねてみたい。
 日韓樹木文化・老巨樹研究会 代表

 

重森三鈴庭園美術館入口より望む招喜庵

重森三鈴庭園美術館入口より望む招喜庵

 

庭園美術館入口より望む前庭

庭園美術館入口より望む前庭

 

客間からのビューポイント

客間からのビューポイント

 

青石と苔を配した石庭

青石と苔を配した石庭

 

茶室にある三鈴自作の襖絵と書

茶室にある三鈴自作の襖絵と書

 

雪に煙る龍安寺石庭

雪に煙る龍安寺石庭

 

寒肥の時期、庭師が丁寧に施肥作業

寒肥の時期、庭師が丁寧に施肥作業

 

等持院の石庭

等持院の石庭

 

等持院の裏庭の石組み

等持院の裏庭の石組み

 

白く雪化粧した建仁寺 望闕楼

白く雪化粧した建仁寺 望闕楼

 

方丈前の石庭

方丈前の石庭

 

〇△□乃庭 禅宗の四大思想(地水火風)□地〇水△火で象徴する。

〇△□乃庭 禅宗の四大思想(地水火風)□地〇水△火で象徴する。

 

本坊中庭の潮音庭

本坊中庭の潮音庭

 

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On 3月 10th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト by KO

雪の大山 その3

 御机から鏡ヶ成へは車で30分ほどで到着。鏡ヶ成にもスキー場があり、ゲレンデでスキー客が滑っているのが見えた。ここのゲレンデは傾斜がゆるく初心者向きである。

 

鏡ヶ成スキー場

鏡ヶ成スキー場

 

 9時前に鏡ヶ成から鬼面台展望台を目指して出発。積雪期以外は車で5分もあれば行けるが、雪道を歩くと1時間くらいかかる。車道の上の雪道をゆっくりと歩く。

 

鬼女台展望台への道①

鬼女台展望台への道①

 

 気温も大分上がってきて、雪も溶けはじめていた。

 

鬼女台展望台への道②

鬼女台展望台への道②

 

 雪の上にはいろんな足跡が残っている。これは鳥の足跡か?

 

鳥の足跡

鳥の足跡

 

 お次は動物の足跡。結構大きい。何だろう?

 

獣の足跡

獣の足跡

 

 そして前方に鬼面台展望台がみえてきた。

 

鬼面台展望台

鬼面台展望台

 

 11時前に鬼面台展望台に到着。展望台から北方向の大山と烏ヶ山を望む。朝に比べて少し空が曇ってきた。天気は下り坂である。高気圧の中心が東に移動し低気圧が近づいているのがわかる。

 

鬼面台展望台からの大山と烏ヶ山

鬼面台展望台からの大山と烏ヶ山

 

 展望台から南方向は蒜山高原がよく見える。ブナ林も春の訪れを今か今かと待っているようだ。

 

ブナ林

ブナ林

 

 早めに鬼面台展望台を切り上げ、鏡ヶ成の駐車場にもどる。時刻は昼の12時を過ぎている。夜は7時から新人樹木医の歓迎会があるので大阪に帰ることにする。大阪には4時頃到着。余裕で歓迎会には間に合ったはずだが、時間を勘違いしていて7時に会場に行くと、既に歓迎会は始まっていた。最近、時々こういうポカをする。年のせいか?年はとりたくないもんだ。

  真田 俊秀

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On 3月 7th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト by KO

雪の大山 その2

 平成27年2月21日、奥大山スキー場の駐車場で朝を迎える。4時30分に起き、車から出て空を見上げると満天の星であった。

 

奥大山スキー場の星空

奥大山スキー場の星空

 

 今日も天気は良さそうだ。車の中では寒くてあまり寝れなかったせいか、頭がまだボーとしている。昨日は夕陽が望めなかったので、朝陽を期待して今日も鍵掛峠まで出かけることにする。
 真っ暗い雪道をひたすら歩く。鍵掛峠に着いた時は空が少し明るくなっていて、星は既に見えなくなっていた。大山は雲一つなく凛として冬空にそびえていた。
 しばらくして東の空が紅くなり、それとともに大山に朝陽が当たってきた。しかし思ったほど大山は紅くならなかった。

 

6時51分の大山

6時51分の大山

 

 大山の頂上の弥山をよく見ると人らしきものがいる。

 

弥山

弥山

 

 カメラをアップしてみてみると良くわかる。彼らは頂上からご来光を見るために朝早くから登ったものと思われる。大山頂上だと気温は、多分マイナス10度以下だと思うが、早暁に大山に登るのもおもしろそうだ。

 

弥山頂上の登山者

弥山頂上の登山者

 

 しばらくして朝焼けは消えて白い大山にもどった。

 

7時20分の大山

7時20分の大山

 

 しばらく鍵掛峠にいた後、ゆっくりと下山する。奥大山スキー場からも大山がよく見える。

 

奥大山スキー場からの大山

奥大山スキー場からの大山

 

 奥大山スキー場から少し下ると御机という集落がある。ここからも大山の南壁が良く見え、カメラスポットとなっている。

 

御机からの大山

御机からの大山

 

 今日は非常にいい天気なので、これから鏡ヶ成のほうへ向かうことにする。
 
         真田 俊秀

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On 3月 3rd, 2015, posted in: 樹木医アラカルト by KO

雪の大山 その1

 古くから日本四名山と呼ばれている山がある。それは、富士山、立山、御嶽山、大山の4つの山のことで、いずれも信仰の山として有名である。しかし大山以外の3つの山は標高が3,000mを超えているのに対し、標高が1,729mしかない大山が選ばれているのは意外な感じがする。
 その大山は鳥取県に位置し日本海に面していて、冬は雪や曇りの日が多く、あまり晴れている日は少ない。
 平成27年2月20日、天気予報では高気圧が日本に張り出してくるとのことだったので、大山に向かって車を走らせる。
大山を望む好ポイントとして鍵掛峠(標高912m)があげられる。鍵掛峠から北を望むと大面積のブナ林が拡がり、その上には大山南壁の無数のガレ場が一望できる。新緑や紅葉の観光シーズンには多くの車で混雑する場所でもある。
 しかし、冬場は雪のため車は通行止めになり、鍵掛峠へ行くには奥大山スキー場から徒歩でしか行くことができない。

 さて、奥大山スキー場に午後2時頃到着。さっそく登山の準備をし、雪道を歩く。積雪は2m~3mくらいか。天気がいいので雪道を歩くのは気持ちがよい。
途中から雪をまとった烏ヶ山(1,448m)が見えてきた。

 

烏ヶ山

烏ヶ山

 

 歩くこと約1時間ほどで鍵掛峠に到着した。春や秋には多くの車であふれていた駐車場は、人っ子一人いなく、ひっそりと静まり返っていた。トイレは雪に埋まって入ることもできない。

 

鍵掛峠

鍵掛峠

 

 お目当ての大山は少し雲がかかっていたが、雪をまとった大山は神々しく、じっと見ていてもあきない。

 

15時00分の大山

15時00分の大山

 

 夕焼けを期待して、そのまま待機。やがて雲もとれて雪に覆われた大山の全貌がはっきりと見えてきた。

 

17時25分の大山

17時25分の大山

 

 夕方になって太陽が西に沈む頃、急に大山に雲がかかってきた。残念ながら期待していた夕焼けは望めなかった。
 太陽が沈んだあと、西の空には月が後を追うように沈んでいた。

 

沈む月

沈む月

 

 そして星空を撮るため、そのまま暗くなるのを待つ。さすがに太陽が沈むと急に寒くなってきて、手足がしびれるように痛くなってきた。
日没、1時間後位にやっと暗くなってきたので大山にカメラを向ける。しかし米子市内と桝水高原スキー場の光が西方向から射していて、空はあまり暗くならない。

 

大山の星空

大山の星空

 

 鍵掛峠から大山はちょうど北の方向なので、そのままシャターを15分ほど開けておくと、北極星を中心に星が回転しているのがよくわかる。

 

大山の星空②

大山の星空②

 

 夜、8時過ぎに、登ってきた道を下山し、その日は奥大山スキー場の駐車場で車中泊をする。ここで気温はマイナス5度だった。早速ビールを飲んだが、寒いせいか1本飲むと体の芯まで冷えてきて、やはり冬山ではビールよりも熱燗のほうが良いことが身に沁みてわかった。

 真田 俊秀

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On 3月 1st, 2015, posted in: 樹木医アラカルト by KO

人工島―特異な植栽環境

 今年2015年はなんと国際土壌年!です。(この国際土壌年というものが決まったのは第68回の国連総会(2013年)ですので、なんとも耳に新しい言葉ですね。)
 ありがたいことに私自身、樹木医の立場にあって、国内外で実に様々な土壌に出会いかつ頭を悩ませる機会に恵まれました。
その経験の中でも特徴的なもののひとつに、とある人工島があります。

 

土壌

土壌

 

 その人工島は陸から5㎞離れた洋上にあり、その土壌は全て礫質(言わばすべて岩と砂利)であり、植栽のなされている所でも表層わずか20㎝程度にマサ土が覆土されているだけの非常にシンプルな状態です。
 無論人工的に作られた環境であるため生物の多様性も乏しく、病害虫などもほとんど見られない反面、地上にも地下にもろくに生物の分布がない環境からすべてがスタートしています。

 

2007年 サクラ

2007年 サクラ

 

 この写真はこの人工島に植栽が始まった2007年のサクラの状態ですが、実に葉が乏しく弱々しい状態です。

 

7年サクラ頂端枯れ

7年サクラ頂端枯れ

 

 植栽基盤の硬さは樹木にとって顕著な障害であり、サクラなどは特に幹や枝の枯れとして表出しやすく、この人工島においても土壌の硬度に配慮無く植栽された木の多くにこのような枯れが発生しました。
 また、人工的な環境なので、植物にも生物にも、驚くべき速さで遷移が生じます。例えば当初は天敵となるテントウムシがいないことをいいことにアブラムシが大量に発生しましたが、翌年にはテントウムシが見られるようになり、アブラムシもなりを潜めたと思いきや、すぐさま次の病害虫が入り込み途端に大発生を生じるということの繰り返しです。

 

コガネムシ

コガネムシ

 

 また通常の環境では、環境の平衡状態を保つような緩衝能があるものですが、人工島では生物による環境が乏しいため地形や環境からの障害がダイレクトに生じ、例えば海水面に近い所では湿度の害による落葉が多く生じました。

 

湿度

湿度

 

 当初、夏期に発生した異常な落葉の原因が何であるか不明でしたが、徹底的にその要因を調べていく中で、海水面側と立地的に丘側となる位置で樹木の葉の量が徐々に異なっていくことが判明し、この要因を生むものが何かを調べていくと特異的な湿度の変化である事が判明しました。通常の環境であればさほど樹木に対する湿度の影響というものは大きな要素ではないのですが、これも人工島特有の現象かもしれません。
 この人工島では約8年にわたり植物の生育の変化を追いましたが、この土壌でいかに植物を保つか、本当に悩まされました。

笹部雄作

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On 2月 26th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

購入癖

 歳を重ねると、物忘れがひどくなってくる。誰しも感じる事ではないだろうか?我がN造園の先代親方である義父も例外ではない。
財布や携帯電話を忘れてくるなんて事は、しょっちゅうだ。仕事の帰りに家の鍵がないと騒ぎだし、帰ってみると玄関に刺さっていた・・・という話も、1度や2度ではない。
 「この前、仕事が終わって家に帰ったらな、玄関の扉が開いとったんや!いやぁ、びっくりしたで!ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
 義父の家の玄関は引き戸タイプである。どうやら、朝出かける時に閉め忘れて、一日中全開だったらしい。義父はそれを少しも気にする様子はなく、全く他人事みたいに大笑いしていた。さすがだ・・・。
 しかし、私もあまり人の事を笑ってはいられない。
 最近、物忘れを自覚する事が多くなってきたのである。ただ、工夫や対策をする事によって、物忘れによる失敗を軽減する事ができる。たとえば、置いた場所を忘れてしまって物を失くしてしまう・・・などの場合、置き場所を決めておくようにすれば、失くすことはない。私は、特に仕事の道具などは必ず決めた場所に置くようにしている。しかしそれが面倒で、ついそこらへんに置いてしまう人は、よく物を失くすようだ。義父が、典型的なこのタイプなのである。
 義父は、「わざとか?」と思うくらい、いろんな場所に物を置いてしまう。そして、しょっちゅう失くしては、私に在り処を尋ねてくる。道具ならば、だいたいありそうな場所を答えるのだが、
 「ワシの地下足袋しらんか?」と、聞かれると、
 「人の履きもんまで知りませんわ・・・。」と、言いたくなる。
 そして、そういう場合義父はよほど面倒くさいのか、ろくに探しもせずに新しいのを買ってきてしまう。先日、倉庫の大掃除をしていたら、いろんな場所から義父の地下足袋が5足も出てきた。それだけではない。ハサミなどに使用する潤滑油は、使いかけや新品など、合わせて7缶見つかった・・・。

 

 

 ただ、すぐに買ってくるのは、失くした場合だけではない。道具の調子が悪くなっても、すぐに「アカンわ。新しいのん買うてきたろか。」となる。そうなのだ。義父は、物を買うのがとても好きなのである。おかげで、ウチには道具類が非常に多い。植木の刈込に使用する「バリカン」などは6台もある。そんなにいらんやろ?

 

 

 これでは、経費がいくらあっても足らない。しかし、ご本人は
「やっぱり新品は、よう切れるで!ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」と言って、ご満悦である。
 まあ道具がそろっているのは便利だし、義父が機嫌よく仕事をしてくれるのはありがたいので、目をつぶることにしている。
 しかし、私にとって本当の脅威は、義父の娘である私の妻が義父にそっくりだということである・・・。マジで恐ろしい・・・。

(i)

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On 2月 20th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト by KO

朝焼けの大普賢岳

 暦の上では立春は通り過ぎたが、まだまだ寒い日々が続いている平成27年2月7日に、朝焼けの大普賢岳(標高1780m)を見るため大阪を午前1時に出発。
 大台ケ原ドライブウェイの入り口に到着すると、すぐ登山の用意をし、午前3時45分に出発。雪のため閉鎖されているドライブウェイを黙々と歩く。
 思ったほど雪は少なく、スノーシューを付けなくても十分歩けるが、夜道は周りの景色が見えないのであまり気分はいいものではない。
 歩くこと約3時間で、大峯奥掛道の展望が開ける場所に到着。寒い中、朝日が昇るのを待つ。風はほとんど無く、目の前には月と一緒に大普賢岳と修行の山で知られている山上ヶ岳(標高1719m)が良く見える。

 

月と大普賢

月と大普賢

 

 そして、大普賢岳の南西には白い雪をまとった弥山(標高1895m)と八経ヶ岳(標高1915m)の山並みを見ることができた。

 

弥山と八経ヶ岳

弥山と八経ヶ岳

 

 しばらくすると太陽が地平線から顔を出したようで、弥山と八経ヶ岳が紅く染まってきた。

 

紅く染まった弥山と八経ヶ岳

紅く染まった弥山と八経ヶ岳

 

 そして大普賢岳も紅く色が変わってきた。なかなか良い景色である。

 

朝焼けの大普賢と山上が岳

朝焼けの大普賢と山上が岳

 

 しばらく景色を楽しんだ後、下山することにする。道沿いのアズサの花穂が春を迎えて散りかけていた。

 

アズサ

アズサ

 

 サワグルミの新芽も膨らみかけていて、春がすぐそこまできているようだ。

 

サワグルミの芽

サワグルミの芽

 

 登ってきたドライブウェイを快適に下る。所々、凍っているので滑らないよう注意して下る。

 

雪のドライブウェイ

雪のドライブウェイ

 

 ふと横をみると、脇に立っている杉の木からカケスがこちらをみていた。

 

カケス

カケス

 

 しばらく歩くと、今度はマヒワがケヤマハンノキの実をついばんでいるのが見えた。黄緑色の体毛が鮮やかに目に映る。

 

マヒワ

マヒワ

 

 冬の間、ドライブウェイは人が全然通らないので、野鳥もたくさん見ることが出来る。気温はマイナスでじっとしていると寒いが、日差しは春の暖かくぬるんだ日差しに変わってきているのが感じられた。               
   真田 俊秀

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On 2月 15th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

「稲村ヶ岳」の夕映え

 2014年の正月から「稲村ヶ岳」(標高1,726m)の夕映えを撮るために、何度もチャレンジしているが、なかなかうまく撮ることができないでいた。
 「稲村ヶ岳」が一番形良く、迫力ある姿で見える場所は、観音峰の南側にある観音峰展望台(標高約1,220m)である。
 観音峰展望台は、登山道の入り口からはゆっくり歩いて約90分程で着くことが出来、非常に手頃な登山コースになっていて登山者も多い。夕映えを撮ろうと思えば、太陽が沈む時に山が晴れていて、夕陽が山に当たることが条件となってくる。
 しかしせっかく山が晴れていても、夕方は太陽が雲に隠れ、夕陽が山に当たらないことが多い。また夕陽が当たっても肝心の山が雲で隠れていることもあり、なかなかこの条件を満たす瞬間は1年のうちでも限られてくる。

 さて2014年もあとわずかの12月19日、登山口を13時30分過ぎに出発し。観音峰展望台を目指す。雪はあまり多くなくアイゼンなしでも進める。しばらく歩くと汗が出てきて、Tシャツ1枚でも寒くない。15時頃、観音峰展望台に到着。青空が広がり、雪をまとった稲村ヶ岳が目の前に見える。

 

雪をまとった稲村ヶ岳

雪をまとった稲村ヶ岳

 

 そのままそこで夕時までじっと待つことにする。そしてだんだん日が暮れてくる。
 西の方向を見ると、いつのまにか雲がたくさん湧き出て太陽が見えない。

 

西の方向の空

西の方向の空

 

 稲村ヶ岳もぼんやりと暗くなってきた。今日もダメだったかと頭もうつむき加減になる。ちなみに、何故夕焼けは赤くなるのであろうか?
 答えは朝焼けや夕焼けの時は、光が大気中を通る距離が一番長くなるので、波長の短い青い光が多く散乱され、波長が一番長い赤い光がよく通るため赤く染まるそうである。

 

夕暮れの稲村ヶ岳

夕暮れの稲村ヶ岳

 

 あきらめかけていたその時、雲の隙間から太陽の光が顔を出し、何と稲村ヶ岳に当たったではないか。

 

夕陽を浴びた稲村ヶ岳

夕陽を浴びた稲村ヶ岳

 

 西の方向を見ると、太陽は和歌山県田辺市に沈みながら周りを紅く染めていた・

 

田辺市に沈む夕日

田辺市に沈む夕日

 

 再び稲村ヶ岳に目を戻す。
 山に雪が残っていたため、余計に紅く染まった稲村ヶ岳を見ることが出来た。時間にして3分程だったが、大変感動した。

 

紅く染まる稲村が岳

紅く染まる稲村が岳

 

 今まで何回も失敗しているだけに喜びもひとしおである。
 星空は残念ながら、雲が多くて見れなかったが、念願の夕映えが見れたので心のなかで感謝しながら、真っ暗な山道を下山した。

 真田 俊秀

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On 1月 10th, 2015, posted in: 樹木医アラカルト by KO