豪雨からの脱出(その2) 世界に広まれおもてなしの心

 台風12号の影響もなく平成26年7月31日に無事台湾から帰国した私は、翌8月1日の早朝から母親、叔母、嫁を乗せて四国は松山まで長距離ドライブです。松山での法事は明日なので、今日はゆっくりと観光がてら、尾道市からしまなみ海道を通り四国入りです。これまで仕事でしまなみ海道を駆け抜けた事は有ったのですが、途中の島に下りて観光したのは初めてでした。運転があるためお酒が飲めずに残念ですが、お昼から美味しい海鮮料理を頂きました。どんよりと曇った空でしたが、観光中は雨にもたたられず、曇っていることが猛暑を緩和してくれるとこの天候を歓迎しておりました。

 

 

  曇った空が猛暑をさえぎり青空より良いと思っていましたが、その後豪雨になるとは。
 しまなみ海道で観光に訪れた耕山寺はまるで日光東照宮。派手な建物でした。

 しまなみ海道を渡り今治市に到着した頃に雨が振り出しました。早朝大阪を出発し、夕方ようやく松山入りです。松山では久しぶりの道後温泉にゆったりと入りました。銭湯のような道後温泉本館ですが、重要文化財の建物容姿と昔ながらの内装は他の温泉地とは異なる魅力があります。御影石の湯船に注ぎ込む湯は、無色透明で無臭ですがなかなかの泉質です。

 温泉街をうろついていますと、新植されたシダレヤナギの横に碑が建てられている。よくよくみると、台湾は新北投(ペイトウ)温泉と道後温泉の組合の友好記念植樹と記されている。先月は台北市近くの新北投温泉に日本の樹木医さん数名と一緒に入ってきたばかりである。新北投温泉の湯は飛び上がるほど熱かった。ゆっくりと入るには道後温泉の方が私には良かった。
 新北投温泉には一昨年、日本でもっとも有名でサービスが行き届いていると言われている石川県和倉の加賀屋ホテルが進出しています。日本の行き届いたサービスが台湾でも受け入れられているようです。この日本人が持ち合わせる行き届いたサービスとおもてなしの心を、樹木に携わる我々ももっと発揮していければと考えています。日本の繊細な造園技術、樹木管理技術はきっと世界でも受け入れられるものだと感じています。

 翌2日は松山で法事です。そしてその夜に高知市まで移動です。せっかく四国に来たのだから、そしてたまには親孝行と嫁さんに奉仕をしなければと、高知市の高級ホテルに予約を要れ、高知の郷土料理「皿鉢料理」で接待です。

 

   重要文化財となっている道後温泉本館建物。台湾の北投温泉との友好記念で植えられたシダレヤナギ。

笠松 滋久

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On 9月 10th, 2014, posted in: 緑と樹木について by KO

豪雨からの脱出(その1) あなどれない天候と飛行機の欠航

 平成26年は冷夏で大阪は21年ぶりに猛暑日が一日も無かったようです。長雨の日照不足は樹木にも何らかの被害を及ぼしていることでしょう。集中豪雨が各地に被害をもたらしました。土砂崩れで甚大な被害を受けた広島市の安佐南区は、私の勤める会社の広島営業所があるところです。住宅が密集する広島市内です。そんなところが土砂災害とは。。。。
 被災された皆様にお見舞い申し上げます。

 文明の力を用いて強固に造成したとしても、自然の地形と災害に対してはこうも無力なのかと改めて思い知らされました。自然と関わりの深い樹木医の活動ですが、もっともっと謙虚に自然と対峙しなくてはと考えさせられます。

 今年はエルニーニョ現象の年ですから天候不順は予測されていましたが、ここまで異常気象になるとは思っても見ませんでした。最近、アジア諸国に出張する機会が多くなり、気候風土の異なる各地を飛び回っています。大阪をあける期間が多くなっている私ですが、5月~7月の大阪はすごく暑かったと記憶しています。台湾から帰国して大阪の方が暑いと思ったくらいです。なのに、8月が記録的な冷夏というのですから驚きです。いくらエルニーニョの年とは言え。。。。

 梅雨明け後、7月末まで晴天が続き猛暑でした。そんな中、急遽7月27日から31日まで台湾出張が入りました。31日の帰国日に台風12号がもっとも台北に接近するとの天気予報を現地で聞き、飛行機が飛ぶのかヒヤヒヤしていました。
 昨年の同じく7月の台湾出張では、台風の直撃を受け帰国できなくなりました。帰国日に高校生時代のクラブの集まりがあったのですが、参加できなくなってしまいました。これまで何度と無く天候不順による飛行機の欠航や遅延にあった事があります。  近年台湾では台風が大型化しています。韓国や中国沿岸部ではあまりなかった台風に近年襲われるようになって来ています。やはり地球規模の気候変動が起こっていると考えたほうがよさそうです。我々が出来ることを少しでもやっていきましょう。そして樹木をもっと守っていきましょう。

 今回は帰国翌日に、法事で母親と叔母と嫁を車で愛媛県松山市まで連れて行かねばならず、飛行機が欠航したらまずいなと気がかりでした。しかし、私は晴れ男! 台風12号は台湾から離れ、八重山諸島よりに進路をかえ朝鮮半島方向に抜けました。おかげで今回は予定通り帰国でき、翌日は愛媛県に向けて長距離ドライブです。

 

 

 昨年7月の台風7号は台湾に大きな被害をもたらした。風速32.7~36.9m/sとされており、台湾では中規模の台風となるが、台北市の樹木被害は甚大であった。そして私は帰国できなくなった。

笠松 滋久

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On 9月 7th, 2014, posted in: 緑と樹木について by KO

天の石屋戸の小竹(古事記と日本書紀)

 故(カレ)ここに天照大御神、見畏(ミカシコ)みて、天の石屋戸(アメのイハヤト)を開きてさし籠(コモ)りましき。 ここに高天の原(タカマのハラ)皆暗く、葦原中國(アシハラのナカクニ)悉(コトゴトク)に闇し。 中略
 天宇受賣命(アメノウズメノミコト)、天の香山(アメのカグヤマ)の天の日影(アメのヒカゲ=ヒカゲノカヅラ)を手次(タスキ)に繫(カ)けて、天の眞折(マサキ=ツルマサキ)を鬘(カヅラ)として、天の香山の小竹葉(ササバ)を手葉(タグサ=手に持ち加減のよいほどに束ねる)に結(ユ)ひて、天の石屋戸に槽伏(ウケフ)せて蹈み轟(フミトドロ)こし、神懸(カミガカ)りして、胸乳(ムナチ)をかき出で裳緒(モヒモ)を陰(ホト)に押し垂れき。ここに高天の原動(トヨ)みて、八百萬の神共に咲ひき。 後略
岩波文庫 古事記 倉野憲司校注 1991・6

この文章は、古事記に書かれている天の岩屋戸の小竹葉の話ですが、日本書紀には小竹葉が出てきません。

天鈿女命(アマノウズメノミコト)、則ち手に茅纏(チマキ)の矟(ホコ)を持ち、天石窟戸(アマノイハヤト)の前に立たして、巧(タクミ)に作俳優(ワザヲサ)す。亦天香山の真坂樹(マサカキ)を以て鬘(カツラ)にし、蘿(ヒカゲ)を手鏹(タスキ)にして火処焼き(ホトコロヤ=かがり火を焚き)覆槽(ウケ)置(フ)せ、顕神明之憑談(カムガカリ)す。 後略
岩波文庫 日本書紀(一) 坂本太郎 家永三郎 井上光貞 大野晋  1994・9

文中に出てくる茅纏の茅とは、イネ科の多年草で、春に円錐形の銀色の花穂が咲き、茅の輪夏越の祓(チノワナゴシノハラエ)に使う。 また矟とは茅を巻いた矛(ホコ)のことで、男性器の象徴で巧な作俳優すときに神々を笑わす何かをしたのだろう。 神々がクスクス笑うのでは危機は去らない。 全員が口を割り開いて大笑いすることが、妖気渦巻く暗黒の中で必要だったといわれています。
岩波新書 古事記の読み方―八百万の神の物語―坂本勝 2003・11

澤田 清

 

天の岩屋戸の小竹

天の岩屋戸の小竹

 

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On 8月 30th, 2014, posted in: 樹木医アラカルト by KO

食われへんのか・・・

 また痛々しいニュースですね。予期できぬ大雨で全国至る所で爪の後、大きな被害が発生しています。明日は我が身でしょうか、忘れたころに・・・

 さて、荒れる天気の仕業ではないのでしょうが、この夏、珍しい(いや、よく見かけることなんでしょうが、私の周辺ではめ・ず・ら・し・い)ものを見かけました。
一昨年伐採した街路樹のケヤキ、株周りが太いので貰い受け丸太ベンチとして利用しました。日照りの日も、雨の日も、風の日も放置され誰からも労りの言葉もなく、ただただ思い尻を支え、朽ちてゆく哀れな株太。そんな株太が灼熱の昼下がり、見事な花を咲かせていました。いきなり咲いたわけではないのでしょうが、日頃から目もかけてもらえない路傍の株太ベンチ、この時ばかりは通りすがる人からジロジロと眺められ、時には触られ、タバコ臭い顔を摺り寄せクンクン臭いまで、 アイドル並みの人気でした。

 「これ、何んやねん。キノコやな? マツタケ?シイタケ?シメジ?ナメコ?ナラタケか、食えるんかいな?」、
 「なんで、今頃 出よったんやろう?余りの暑さにぼけたんとちゃうやろか、」
 「しょぼい奴ちゃな、食えんのか?」
 「まずそうやな、食われへんのか!」
 「食えんかったら、しゃないなぁ?」
 てな具合で、まともな名前すら言ってもらえず、何日かすると一瞥もくれない始末。元の路傍の株太に、
 でも世の中、捨てたものではない、ある心ある人が私の素性を探してくれた。
 「私はアミスギタケというキノコです。間違ってもケヤキの花なんかでありません。サルノコシカケ科に属する白色腐朽菌だそうです。襞の裏が美しい網状になっているのが特徴らしく、毒は持っていません。肉質は柔らかく、一見食べれそうですが食用には適さないと聞きました。良かった。朽ちた木に発生するようです。早速、名札を付けてもらいました。来年も出たら正しい名前で呼んでくれるかな・・・」

 

アミスギタケ

アミスギタケ

 

アミスギタケ

アミスギタケ

 

アミスギタケ

アミスギタケ

 

シルバー樹木医 M・A

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On 8月 28th, 2014, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

オオヤマレンゲの花

 平成26年も7月に入り、梅雨明けも間近いある日、オオヤマレンゲの花が見たくなり、山に出かけることにする。
 オオヤマレンゲはモムレン科の落葉広葉樹で、6月から7月にかけて清楚な白い花を咲かせる。
 韓国の国花がムクゲなのに対し、北朝鮮の国花はオオヤマレンゲになっていて、あまり国家のイメージとそぐわない感じがする。
 話が横道にそれたが、近年、鹿害などでオオヤマレンゲは減少していて、各地でレッドリストの指定を受けている。
 近畿では、日本百名山でもある奈良県の「八経ヶ岳」の南斜面に防護ネットで保護されて残っている。植物園などに行けば手軽にオオヤマレンゲを見ることが出来るが、自然の状態のオオヤマレンゲを見ようと思えば、近畿では八経ヶ岳(1915m)に登らなければならない。
 さて、行者還トンネル西口の登山道入り口を午前8時頃出発。すぐ満開のヤマボウシの白い花が目に入る。

 

ヤマボウシの花

ヤマボウシの花

 

 しばらくはヒメシャラやシャクナゲ、ゴヨウツツジが生えている急な斜面をあえぎながら登る。やっとのことで大峰縦走路に出る。少し休憩していると「こんにちは」と後ろで女の人の声が聞こえ、さっと行ってしまった。
女の人に抜かれるとは少し情けないと思い、抜き返そうと急いで出発する。
 いけどもいけども姿が見えない。あれはキツネだったのかと思い始めたころ、前方にさっきの女の人が見えてきた。休憩している所を抜き返そうと後をついていくが、全然休憩しないで急斜面を登っていく。私も必死でついていく。なんとそのまま弥山(1895m)まで休憩なしで登ってしまった。

 

登山道の途中から見た弥山

登山道の途中から見た弥山

 

 時計を見ると10時過ぎである。普通なら登山口からここまで3時間かかるところを2時間ほどできてしまった。もうヘトヘトである。弥山でしばらく休憩したあと、八経ヶ岳へと出発。

 

弥山から見た八経ヶ岳

弥山から見た八経ヶ岳

 

 そしてお目当てのオオヤマレンゲとご対面である。そのハスの花にも似た白い花は、かすかな甘い香りを醸し出しながら、うつむき加減に咲いていた。

 

オオヤマレンゲの花

オオヤマレンゲの花

 

 やはり平地でみるオオヤマレンゲよりも、冬は雪に埋もれ寒風の吹く厳しい環境のなかで育ち、短い夏の間に、凛と咲くオオヤマレンゲこそ美しいとつくづく思った次第である。

真田 俊秀

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On 8月 24th, 2014, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

ミッション・インポッシブル in Taiwan

 「暑い・・・。」
 台湾桃園国際空港の建物から出た途端、今まで経験したことのない湿気に襲われた。亜熱帯の空気は、容赦なく全身の肌にまとわりついてくる。
 「きつい仕事になりそうやな・・・。」
 有名資材メーカーT社にお勤めのK樹木医からの依頼で、台北中心部に位置する「大安森林公園」の剪定実習をするために、私は初めて台湾を訪れた。マニアックな性格で有名なS樹木医も一緒である。
 ベテラン樹木医のK氏はあらゆる場面で重要な役割をこなし、いつも我々を導いてくれる、とても頼りがいがある人だ。人や物事を冷静に観察する鋭い眼力を持ち、常に適切な判断を下す。そんな彼の生き様は、とてもかっこいい。現在の風貌からは想像できないが、昔はハードロックでブイブイいわしていたらしい。彼がロックを歌うと、観客は全員ヘッドバンキングしてしまうほど歌唱力抜群だそうだ。
 今回通訳として、K氏と同様T社にお勤めのN氏が同行してくれている。N氏は中国語と韓国語が話せるスーパーウーマンだ。いつも明るく朗らかで、とてもチャーミングな女性である。
 初日は、作業現場となる大安森林公園を見学しながら、明日からの作業の打合せを行った。この公園は土壌が非常に悪いそうで、不健全な樹木が多く見られる。また、密植のせいで細長い樹形のものも多く、台湾の強烈な台風による被害も多数出ているらしい。広大な面積で、いろんな動物も生息しており、町の人々が多数集まる憩いの場なので、ぜひ、環境が改善できればいいと願うところである。
 台湾は暑いだけでなく、よく雨が降る。また、降り出したらその雨量は半端ではない。したがって、晴れていれば汗でビチョビチョ、雨が降ってもビチョビチョで、作業後いつもホテルに帰る姿はドロドロであった。作業着が1着、使用不能になってしまった・・・。
 食事は、連夜ごちそうをいただいた。初日の晩から、いきなりあこがれの「小龍包」である。さすがは本場の味だ。メッチャ美味い!次の日からも毎晩ごちそうが続き、どれを食べても抜群の味で、飽きることはない。強いて言うなら、おいしいものに飽きたという感じだろうか・・・。
 2日目の夕食後、S氏が大変丁寧な口調で訴えかけてきた。
 「娘の運勢を占っていただきたいですぅ~。」
 そこで、私たちは一緒に、占い師の集まる地下街を訪れた。どこにでもいそうな、ごく普通の感じの女性占い師を選んだS氏は、彼女に何か言われるたびに、
 「はぁ~、そうでございますかぁ~。」と大変丁寧な口調で返事をしながら、とても真剣に聞き入っていた。娘想いの、やさしい父親の姿である。しかし、後ろから観察していると、その様子は、まるで誰かに叱られているかのようだった。ちなみにS氏は、その代金として約7千円支払っていた。
 「う~ん、マニアックや・・・!」
 3日目の晩、K氏とS氏と私の3人で台湾の名所である士林夜市へ出かけた。屋台が立ち並び、毎夜お祭りのような活気に包まれる。夜が更けるほど人が集まってきて、すごい賑わいだ。様々なB級グルメや雑貨など、いろいろな店を見ていく中、あるお菓子屋でK氏が店のおばちゃんに話しかけられていた。するとK氏は、何やら中国語で話し始めた。
 「リャンバイチー?ウウ~ン!リャンバイウー!クワッハッハッハッ!」
 どうやら、値切り交渉をしているらしい。彼は、日本語でも中国語でも非常に声が大きい。その堂々と話す姿は、まるで現地人のようだ・・・。と思っていたら、通訳のN氏の話によると、K氏は中国語の発音が恐ろしく下手だそうだ。ところが、あれほど大声で自信満々に話していると、ネイティブ中国語に聞こえてしまう。K氏、恐るべし・・・。
 実は、今回私はもう1つの任務を負わされていた。妻からお土産のリストを渡され、それをクリアせよと指令を受けていたのである。我が家では、妻の指令は絶対である。しかし、その内容は10種類以上にもおよび、それぞれの販売店の指定までされてある。見知らぬ国に来て、これほどの店を探し当てろとは、全く無茶な任務だ。まさに「ミッション・インポッシブル」である。これを受け取った時、私は思わず妻に向って叫んでいた。
 「仕事やっ!」
 しかし、妻はそんな私の叫びを全く意に介さず、こう言った。
 「ひゃっははは~!がんばってね~。」
 このリストを現地で皆さんにお見せしたら、「これはすごい!」と大騒ぎになってしまった。どういう意味ですごいのかよくわからないが、とにかくみんな感心している。そして、台湾の人達はその場で店の住所をすべて調べてくれた。なんて親切な人たちだ! 私は、猛烈に感動した。おかげで、かなり任務が楽になった。
 土日は公園での作業ができないため、休日となった。そこで、私とK氏、S氏の3人で観光に出かけようという事になったのだが、お二人が「iさんの任務達成が先だ!」と、強く主張してくれたので、「私のお土産探しとその近辺の観光」という事になった。しかし、その任務は非常に困難を極め、恐ろしいほどの湿度の中、樹木医3人がかりで全身汗だくになりながらお土産を探し回った。この日だけでも、人件費165,000円かかっている計算になる。しかし、おかげさまで任務は100%達成することが出来たのである。お二人には、本当に申し訳なかったと同時に、とても感謝している。
 帰国して、妻にお土産を見せると、「ほんまに全部買うてきたん!?」と、とても驚いていた。
 私は、「リストまで作っといて、何を言うとんねん・・・!」と心の中でつぶやきながら、皆さんの協力のおかげだと説明すると、
 「え~!めっちゃ申し訳ない・・・。」
 と、さすがに、恐縮しまくっていた。
 しかし、しばらくすると持ち前の切り替えの速さを発揮して、
 「なんで石鹸は1個しか買うてないん?」とか、
 「現地のマンゴ-食べたい!」
 などと、ふざけた事を言い始めた。そんな妻に向って、私は再び叫んでいた。
 「仕事やっ・・・!」
 
 (i)

 

大安森林公園

大安森林公園

 

占い師の話を聞くS氏

占い師の話を聞くS氏

 

夜市

夜市

 

お土産

お土産

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On 7月 21st, 2014, posted in: 樹木医アラカルト by KO

カエデ属の花

 春は華やかなサクラの花に目が行き、他の樹木の花はあまり目に留まらないことが多い。特にカエデの仲間はあまり目立たないこともあり、いつの間にか花が咲いて実をつけています。
しかしよく見れば、カエデ属はそれぞれに特徴があり、春になれば、かわいい花を着けます。そんなカエデ属の花を紹介します。

 最初はウリカエデの花です。ウリカエデはカエデ属の中では一番小さな葉を付けます。花は早春に黄色い総状花序の花をたくさん着けます

 

ウリカエデの花

ウリカエデの花

 

 次はウリカエデによく似た緑色の樹皮をした木でウリハダカエデの紹介です。
 ウリハダカエデの葉はカエデ属の中では大きくなり、秋には鮮やかな赤橙色に輝きます。花はウリカエデによく似た、黄色い総状花序の花です。

 

ウリハダカエデの花

ウリハダカエデの花

 

 次はチドリノキの花です。
 カエデ属は掌状の形をした葉をもつものが多いが、チドリノキは切り込みのない単葉で、一見するとカエデの仲間には見えません。淡緑色の総状の花が風にゆらめく様は風鈴みたいで風情があります。

 

チドリノキの花

チドリノキの花

 

 次はメグスリノキの紹介です。
 メグスリノキも葉は掌状ではなく、3小葉からなる複葉で、これも外観からはカエデ属とはわかりにくい形をしています。しかし秋になれば鮮やかな赤橙色に紅葉し非常にきれいです。名前のとおり、むかしから目の洗浄薬として重宝されました。近年は漢方薬としての需要が高く、乱伐されて山では少なくなっています。春に小さな散形花序の花を着けます。

 

メグスリノキの花

 

 そしてミツデカエデも葉が3出複葉で、カエデ属とは気づきにくい木です。しかし花の時期になると長さ4~15cmの黄色い総状花序の花を一杯つけ、急に華やかになります。

 

ミツデカエデの花

ミツデカエデの花

 

 深山に生えるアサノハカエデの花です。
 アサノハカエデの葉は掌状で5~7裂していて、秋には薄黄色に紅葉します。春には淡黄緑色の短い総状花序の愛くるしい花を一杯着けます。

 

アサノハカエデの花

アサノハカエデの花

 

 最後にイタヤカエデの紹介です。

 

イタヤカエデの花

イタヤカエデの花

 

 イタヤカエデはカエデ属の中では大きくなる木として有名です。そのせいか木材利用の高い木で、床板などの建築材や家具などに加工され、公園や街路などに多く植栽されています。葉は他のカエデ属と違い、鋸歯がなく全縁なのが特徴です。
 花は春に直径5~7mmの黄緑色の小さな散房状円錐花序を樹冠一杯につけ、花の時期は、遠くからでもイタヤカエデであることがよくわかります。

 

イタヤカエデ

イタヤカエデ

 

 以上のカエデ属の花は、今年私が4月~5月にかけて奈良県の大峰山系で撮影したものですが、カエデ属はこれ以外にもまだたくさんの樹種があります。機会があればまた紹介したいと思います。

  真田 俊秀

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On 5月 31st, 2014, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

オオヤマザクラ

 平成26年4月も下旬になり、大阪ではサクラは既に散ってしまい葉桜を見るのみである。
 そんな中、私は奈良県天川村の309号線を車で走行していた。この道は冬の間は積雪のため閉鎖されていたが、昨日、やっとゲートが開けられ通行できるようになったばかりである。
 車の窓越しには、見ごろを迎えたヤマザクラがあちこちに見える。ヤマザクラは葉の色も様々だが、花の時期も早いものから遅いものまで多岐にわたっている。

 

ヤマザクラ

ヤマザクラ

 

 しばらく車を進めると川迫川沿いの河原に紅色の花をつけたサクラが目にはいった。何だろうと思い、車から降りてよく観察すると、オオヤマザクラであることがわかった。

 

川迫川沿いのオオヤマザクラ

川迫川沿いのオオヤマザクラ

 

 そこからしばらく進むと神童子谷という渓谷がある。林道があるが落石等で荒れていて車は無理である。しばらく歩いていると、ここでもオオヤマザクラがあった。

 

神童子谷のオオヤマザクラ遠謀

神童子谷のオオヤマザクラ遠謀

 

 なかなか立派なサクラである。

 

 

神童子谷のオオヤマザクラ遠謀

神童子谷のオオヤマザクラ遠謀

 

 オオヤマザクラの花はヤマザクラよりも花がやや大きく、色も濃い紅色をしているので、山の中でもよく目立つ。

 

オオヤマザクラの花

オオヤマザクラの花

 

 私はJR京都線で通勤しているが、いつも4月に入ると、東淀川駅近くのUR都市機構の団地のオオヤマザクラがピンクに色づいているのが目につく。ここのオオヤマザクラは団地が建設された時に植樹されたもので花の色が濃い。

 

アーベイン東三国

アーベイン東三国

 

 もともとオオヤマザクラは中部地方以北に分布し、西日本では四国の石鎚山にあるとされる。それが奈良県の山の中にあるとは珍しいものである。どうしてこんな山のなかにオオヤマザクラがひっそりとあるのだろう。人が植えたとは思われないし、鳥が種を運んできたのだろうか? うーん、謎である。

                 真田 俊秀

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On 5月 6th, 2014, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

韓国 老巨樹探訪 松廣寺の雙香樹に誘われて

 平成26年4月10日、蘂だけになったサクラを車窓から眺めながら関西空港に向かった。往復10,000円の激安航空券をゲットして、韓国の王桜(ソメイヨシ)を見物がてら韓国 全羅南道 順天 松廣寺 天子庵の樹齢800年のビャクシン(雙香樹)を訪ねた。
 釜山 金海国際空港から鉄道、バスを乗り継いで夜の7時に韓国南部の小都市 順天に着いた。予約したホテルは繁華街から離れた山の中の1軒家、タクシーの運転手も名前すら知らない宿泊施設、名前こそホテルだが建物の装いは立派なモーテルである。受付カウンターも双方の顔が見えないように30cm四方の小さな窓。カギとアメニティ袋を貰い照明の薄暗い部屋へ、ダブルベットと広い浴室、男女用の浴着、極めつけはアメニティ袋の中の洗面具に避妊具、ジェル等、六十路をとぼとぼ歩く老爺の一人旅には無縁でしょう・・・。    韓国で安宿は何度も宿泊したが、このようなサービスは初体験、翌日の田舎町のモーテルも同じサービスが、因みに1泊4,750円だった。

 

 

 未だ見ぬ老樹への思いと逢瀬部屋に挟まれ悶々と夜明けを。翌早朝、韓国の樹木医の案内でビャクシンがある天子庵の参道入口まで行く。参道入口からビャクシンがある天子庵本殿までは急勾配の山道を15分ほど歩く。参道の桜は散り、足下にはスミレ、カタクリなどが生えていた。心地よい足の疲れを感じた頃に天子庵に着く。本殿より一段高い小さな庵の横に異様な姿をしたビャクシンがある。このビャクシンは今から800年ほど前に中国から帰国途中の高僧二人が突いていた杖を挿したものが根を降ろし成長したもので雙香樹(二つの香木)と言われている。樹幹の大半の樹皮がなく、残る樹皮も飴の棒を捻たように幹方向に捩じれ上がっている。

 

 

 この樹木は天然記念物第88号に指定され、探訪客も多く、長年の風雪に耐えかね樹勢が弱り、韓国樹木医第1号の姜銓隃(カン・ジョニュ)氏が1980年、1991年の二度に渡り治療したビャクシンでもある。樹勢は良いとは言えないが筋肉隆々とした武者が仁王立ちしている様は圧巻である。

 本殿より一段高い場所に生えており、石積みされた時に覆土されたのだろう根張りが見えない。1991年に外科手術し充填されたウレタンと人工樹皮の一部が離脱していた。しかし、韓国の人工樹皮技術はどの事例を見ても上手に処理している。

 小豆島にある特別天然記念物 宝生院のシンパク(樹齢1500年)然り、ビャクシンの特質なのか僅かな樹皮部分で養水分の流通が行われ樹体を維持する生命力の力強さと不思議さに感嘆させられる。

 

 

 

松廣寺のビャクシン
雙香樹
 韓国天然記念物 第88号
 樹種名:ビャクシン
     Juniperus chinensis
 樹高:12.0m
 根元周囲:3.80m、3.30m
 胸高周囲:4.10m、3.30m
 樹冠幅:東西方向        7.40m
     南北方向        6.50m
 樹齢:約800年
 由来:高麗時代、普照国師と湛堂国師が中国から帰国する時に突いていた杖を刺したものが根付いたと伝わっており、松廣寺の三大宝物の一つとされている。

 

 

 

 

 

 因みに、韓国最初の樹木医である姜銓隃(カン・ジョニュ)氏はソウルで樹木病院を開業し、韓国の天然記念物を何本も治療した、おじいさん樹木医として名が知れている。

 「おじいさん!木が痛いって」という小学生低学年用の教材本に、その生い立ちと樹木医となり樹木病院を開業し、全国各地の老巨樹を治療した事例が紹介されている。

2014年4月15日
日韓樹木文化・老古樹研究協会
浅川 充

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On 4月 27th, 2014, posted in: 樹木医アラカルト, 緑と樹木について by KO

新人樹木医歓迎会を開きました!

 平成26年2月22日に大阪市中央区の道頓堀ホテルにて、新人樹木医歓迎会を行いました。
 4名の新人樹木医全員を含む総勢33名の参加となりました。
 歓迎会では、はじめに真田理事長より歓迎と励ましの気持ちがこもった挨拶が行われました。また、食事をはさみながら、歓談およびその他先輩樹木医による挨拶や近況報告が行われ、引き続いて、新人樹木医による自己紹介と樹木医としての得意分野のアピールが行われました。
 今年の新人樹木医は女性1名を含む20代から30代前半と若く、将来の活躍が多いに期待できると思われます。
 最後は、全員で完璧な大阪締めで歓迎会を終えました!

赤阪幸司

 

新人樹木医4名のみなさん

新人樹木医4名のみなさん

 

 

 

最後は大阪締め

最後は大阪締め

 

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On 4月 23rd, 2014, posted in: NPOおおさかの活動 by KO