京都「八重の桜」ゆかりの地を訪ねて

 NPOおおさか緑と樹木の診断協会では、NHK文化センター梅田教室から受託し、「樹木医とめぐる巨樹・巨木」という現地講座を毎月(原則第2金曜日)開催しています。

 平成25年12月の開催は、NHK大河ドラマ「八重の桜」ゆかりの地を訪ねました。
 案内は京都樹木医会の高木邦江樹木医が担当しました。
 小雨のぱらつく寒い京都、受講者は12名、総勢15名での開催です。

 

 

釜座通(京都府庁前)のケヤキ並木です。
 昭和初期にはシダレヤナギの並木だったものが,ケヤキに植え替えられました。
 沿道の市民が,街路樹サポーターとして落ち葉清掃等をしてくれていることや比較的広い交通量の少ない街路であることから、美しい樹形で揃っています。
 京都市では、二段階剪定など街路樹の管理に力を入れているとのこと。他の自治体にも参考にしてもらいたいものです。(※但し、ケヤキについては二段階剪定は行っていません。)

 

 

京都府庁旧本館は、京都府京都市上京区にあるルネサンス様式の建築物で国の重要文化財に指定されています。京都府の技師を務めた松室重光の設計により、1904年(明治37年)竣工。かつては京都府庁舎本館として使用されていました。
ここは、京都守護職の上屋敷跡で、作庭は小川治兵衛によるものです。

 

 

 

 

樹齢300年のビャクシンは区民の誇りの木に指定されています。

 

 

 

 

 中庭は桜の名所になっており、円山公園にあった初代祇園しだれの孫や佐野藤右衛門氏によって命名された容保(かたもり)桜などが春には多くの人々を楽しませてくれています。

 

 

 次に訪ねたのは京都御苑です。
 京都御苑一帯は、平安時代には貴族などの邸が置かれ、江戸時代にはおよそ200軒もの公家屋敷が立ち並んでいました。
 明治2年の東京遷都後、大内保存事業(明治10年から16年)によって、これらの遺構の多くが撤去され、皇室苑地として整備されたのが現在の国民公園京都御苑の始まりです。
 東西約700メートル、南北約1300メートルの広大な敷地では数々の巨樹・巨木に巡り合うことが出来ました。

 

 

 エノキの大木ですが、目立たない場所にさりげなく。

 

 

 

 ナラ枯れ対策のため、幹に薬剤をコーティングされたものやビニールをまいたものが見られます。
 ミズナラやコナラといった被害の多い樹種だけでなく、ブナ科の樹木にはほとんど対策が施されていました。大事にされています。

 

 

 

 かっこいいクスノキです。
 広大な敷地を利用して、伸び伸びと育っています。

 

 

 

 凝華洞院のイチョウ
 黄葉の季節は圧巻です。雄株のため、銀杏はなりません。

 

 

 

 

 マツに生えたサクラ

 

 

 

 

 

 清水谷家のムクノキ
 実が沢山なっており、意外とおいしいと皆さん食べていました。

 

 

 昼食は河原町今出川の漬物屋さん「田辺宗」で天丼を食べました。
 ぷりぷりのエビが4匹も入っていましたよ。茶碗蒸しにも同じエビが一匹。ほっこり温まり、お土産には高級な千枚漬けを奮発しました。

 

 

 

 

 

 ここから、豆餅を頬張りながらバスで移動しますが、途中、車両入替で下車したため、真如堂から入り、金戒光明寺へ向かいました。

 

 

 

 金戒光明寺にある熊谷直実ゆかりの鎧かけの松があったところです。
 熊谷直実はここ黒谷の法然上人を尋ね、方丈裏の池にて鎧を洗いこの松の木に鎧を掛けて出家したと伝えられています。残念ながら今年の9月ごろから急に樹勢が弱まり、10月には枯死しました。松の材線虫病が原因と考えられます。来春には、境内にある別のクロマツが3代目として移植される予定です。

 

 

 

 ケヤキにライトが食い込み、根元もこの状態。

 

 

 哲学の道は桜で有名ですが、ここでも桜の健全性を保つための土壌改良がおこなわれています。
 狭い植栽スペースをどのようにして改良したのか高木樹木医から説明を受けました。

 

 

 この上に新島夫妻が眠る墓地があります。

 

 

 昨年の講座では満開のインクラインを歩いたことを思い出しました。

 この日の講座は小雨もぱらつく寒い中よく歩きました。一行は河原町まで京都を散策、みんなでお茶してほっこりし、解散となりました。

 「樹木医とめぐる巨樹・巨木」はNPOおおさかに所属する樹木医を初め、近畿の各樹木医によって大切に守られている各地の巨樹・巨木をめぐります。詳細についてはNHK文化センター梅田教室(担当:尾藤)までお問い合わせください。

宮本 博行

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